建築はただの肉体労働ではなく、最高に面白い仕事!―富士吉田市「天野保建築」の挑戦は続く
2023.10.27 - その他
モックブログの連載企画!「みなみが行く!」!
3年目社員の高橋が、建築・工務店業界の先輩に突撃し、業界のことや家づくりのことについて教えていただくコーナーです。
第4回目は、山梨県の富士吉田市にある「天野保建築」様のモデルハウスに伺いました。下請けから元請けに転身し、高断熱・高気密を追求し、国産材に切り替え、法人成りをし・・・と多くの選択と挑戦を積み重ねてきたその変遷から、天野保建築様のこだわりを紐解きます
1年2ヶ月仕事がなかった…苦難を越えて探ってきた天野保建築ならではの家づくりタイトル
—天野さんはお父様も大工だったそうですが、子どものころから家づくりに携わりたいと考えていらっしゃったのでしょうか?
もともと、この天野保建築は、僕の父が20歳のころに下請け大工としてはじめた会社です。大工の家庭では、幼いころに現場に遊びに行っていたとか、高校生になったら有無を言わさずバイトをさせられた、というような話が”あるある”ですが、僕にはそんな思い出はありません。朝起きると、いつも父はもう仕事に出かけていて、いませんでした。
ただ、下請けではあるものの、父の大工としての腕はかなりのものだったそうで、父の仕事の話を周囲の人に聞くと、すこぶる評判がいいんです。有名な方の別荘を建てたこともあるそうです。
やれと言われたわけでも、現場で働く父の姿を見ていたわけでもなく、ただなんとなく興味があり、気がついたら天野保建築に入社し、この仕事を始めていました。今ではすっかりハマッてしまっています。
―もともと、下請け大工だったそうですが、今は元請けとして設計から施工までを行っていらっしゃいます。そこにはどのような変遷があったのでしょうか?
僕が入社したのが2000年。バブルがはじけたあとで、経営はかなり苦しい時期でした。1年2ヶ月ほど仕事が全くない時期が続き、バイトをしてなんとか生計を立てているような状態でした。父からも「違う職業を考えたらどうだ?」と言われましたが、僕としてはようやくこの仕事の面白さが分かってきた時期でもあり、続けていきたいという気持ちでした。
とはいえ、このままこれまで通りやっていくだけではどうしたって生活が成り立たない。そこでこれまでの「下請け」ではなく「元請け」をやろうと、大きな方針転換をしました。
経営難だからというのが大きな理由ではあるのですが、僕自身大工として家づくりに携わる中で「自分ならもっとこうするのに」「こんな家がつくりたい」という思いが芽生えてくるのを感じていました。
人に言われたものをつくるのではなく、自分の思い描くものをつくりたいという気持ちが膨らんでいったことも大きかったと思います。
今は設計から何からなにまでほぼ一人で担当しています。正直言って苦労する部分が多いのですが、その分楽しさもあり、大きな喜びを感じながら家づくりに携わらせていただいています。
—天野保建築様では、健康的で快適な家づくりとして、気密・断熱の住宅性能にこだわった住宅をご提供されています。そのようなこだわりは、当初からあったのでしょうか。
最初から、住宅性能の高さを売りにしていたわけではありません。
元請けをはじめるにあたって、父と相談しながら、必要な資格を取って準備を進めていたのですが、最初はあまり結果が伴わなかったんです。施工力に自信はあるものの、それを分かりやすいかたちでお客様に提示することができておらず、どうすればもっと個性のある自分たちならではのブランドをつくれるかを考え続けました。
そして見つけたのが、高気密・高断熱というキーワードです。弊社が拠点を置く富士吉田市はとても寒い地域です。だからこそ冬でも暖かく快適な家は大きな強みになると考えました。今でこそ住宅の性能に注目が集まっていますが、当時はまだあまり知られていませんでした。そこで高気密・高断熱の住宅を普及させ、その素晴らしさを伝えるために奮闘しました。
2017年には、第三回日本エコハウス大賞(建築知識ビルダーズ主催)にて、MAG・ISOVER賞を受賞することも出来ました。
この賞は、ただ単にエコハウスであれば良いのでなく、意匠、構造、温熱とトータルバランスが求められます。受賞はもちろん嬉しいことでしたが、僕としてはこうしたコンテストに応募すること、審査員の人たちからフィードバックをもらうことが、会社と僕自身の大きな成長につながるという思いでした。
一歩一歩手探りではありますが、こうした取り組みが積み重なって、今の天野保建築の姿に繋がっています。
快適さを体感してほしいから、あえて自宅をモデルハウスに。
—本日はモデルハウスでインタビューをさせていただいておりますが、実はここは天野さんのご自宅でもあるんですよね。なぜ、あえて自宅をモデルハウスとされたのでしょうか?
やっぱり「体感する」ことが、違いが分かる最も手っ取り早い方法なんです。
私たちは断熱・気密にこだわっていますが、その快適さというのは性能値を見ただけでは分かりません。データ上は同じ数字でも、実際にその住まい心地は家によって全く違います。
お客様からも「〇〇値とか色々あるけど、どう違うのか分からない」というご相談をよくいただきます。
これまでも現場ごとにオープンハウスや見学会を行っていましたが、時期がずれると性能を体感する機会を逃してしまいますし、当日の天気にも左右されます。その点、自宅であればいつ来ていただいてもかまいません。冬の寒い時期にどう感じるのか、夏の暑い時はどうなのか、しっかり体感して決めていただきたいのです。
例えば、室温が同じ20℃でも、性能が良い家とそうでない家では感じ方が全く異なります。木の香り、足触り、家の中の雰囲気、外観、そして全身を包み込まれるような快適な空気。天野保建築がつくる家はなにがいいのか、それをご自身の五感で感じ取っていただきたいと思っています。
このモデルハウスは、そのとき自分ができる最高のものを詰め込みましたが、一方で実際にお客様にご依頼いただいてつくる家との乖離が大きくならないように気を付けました。どんなに素晴らしいモデルハウスを建てても、それが現実離れしていては意味がありません。普段つくっている家と差がでないことと、お越しくださった方がびっくりするほどの快適さを実現することの両立にこだわりました。
大工だからできる、資材の応用。標準仕様を決め、在庫管理コストを下げる。
—私もインタビューの前にモデルハウスを拝見させていただきました。快適さはもちろん、木の使い方も印象的だと感じました。フロア材を加工して、部材として使われていますよね。
弊社の場合、年間に請け負える棟数が多くないということもあり、お客様に合わせて都度材料を揃えようとすると、保管や管理の面でもコストが大きく上がり経営を圧迫しかねません。
そこで標準の仕様を定めて、共通の資材を仕入れ、それを様々な形に応用することでコストカットを実現しています。例えばフロア材は杉材と決めてあります。フロアとして使ったあまりを取っておいて、それを加工して別の場所の部材として使用したりします。これは僕が大工だからこそできることかもしれないですね。
仮にお客様が「杉じゃなくてもっと安い木でいい」と仰られたとしても、弊社としてはそちらのほうが高くつき、追加料金をいただかないとできない、と正直にお伝えしています。
また、国産材をうまく使うことで、地産地消で地域や日本に貢献していきたい、という気持ちもあります。僕は大工なので、自分で木を使ってつくれるということもあり、外材を使うのではなく、日本の木・材料を日本の中で回していきたいです。
—はじめから、国産材にこだわるというお考えだったのでしょうか?
残念ながらそういうわけではありません。国産材がいいなという想いはありつつも、現実的には手が出せていなかったというのが正直なところです。
ただ、2021年にウッドショックがはじまり考えを改めました。木材が手に入らないことに加え、他の部分にもコロナの影響があり、当時の自社のやり方では半分近い工程で対応ができない、大幅な遅延が発生する、という事態になってしまいました。
(同じことが二度三度起こったら、どうする?)
(安定して仕事をやっていくためには、このままではいけないのでは?)
と考え、国産材への切り替えに舵をきりました。
真壁で、あえて木を見せるという提案
—今は、山長商店の木材を使っていただいておりますが、山長材を選んだきっかけは何だったのでしょうか?
はじめは、建築家の伊礼さんが、山長さんの材を使っているというお話を聞いたのがきっかけでした。そのときに、今僕たちが標準で取り入れている「大型パネル工法」のことも知りました。
国産材も大型パネルも取り入れていきたいと思っていたところだったので、僕の構想とぴったり合致していると感じ、モックさんの榎本社長にお声がけをして色々なことを勉強させていただきながら、こうしてお付き合いをさせていただいております。
—率直に、山長の材はいかがでしょうか?
いやもう、100点です!大げさではなく、どのお客様にも自信を持ってご案内できる材料です。
「これがお勧めです」ではなく「ここの材料しか、当社では取り扱いをしていません」と明言しています。
—先ほど、「大型パネル」の話題が出ましたが、大工さん目線として大型パネルについてどのように考えていらっしゃいますか?
大工目線で考えると、働き方改革という観点でも、職人の人材不足という観点でも、遅かれ早かれ、こちらにシフトしていくんだろうなと思います。
工務店の経営者という目線で見ても、大型パネルはなくてはならないものです。少しコストがかかってしまいますが、自分が思い描いていた通りにつくれるという点はすごく大きいです。
特に弊社では先ほど述べたように、会社として作り方の統一や標準化を進めているので、その点も大型パネルとマッチしやすいと感じています。大型パネルをうまく活用しながら、標準化→アップデートを繰り返し、建物の品質を上げていこうと考えています。
—標準化するにあたって、どんな材料を使うかというところも決めていかれると思うのですが、社長の中でどのようなものを選びたい、とお考えでしょうか?
ウッドショックのようなときに困るものは使いたくないですね。だからやっぱり国産材。
山長さんの材料で言うと、ものが良いのは百も承知なんです。とはいえ、良いものを使いすぎるとコストアップしてしまいます。なので、材料の見極めは大事だと考えています。
山長さんであれば、並材であっても品質がとても良い。そうした材料をうまく活用して、さらに良い状態に仕上げていくのが僕たちの腕の見せ所なわけです。
「この金額で、こんなに良い家ができちゃうんですか!?」という驚きと喜びをご提供していくことが、僕の理想です。
このままでは住宅産業は成り立たない―職人不足への危機感を持ち、法人成りを決意
—天野さんはお父様の時代から個人事業主として続けてきたとのことですが、今年法人化されたそうですね。なぜ、あえてこのタイミングに法人化に踏み切ったのでしょうか?
法人化に踏み切ったのは、2つの理由があります。1つは、より多くのお客様に、健康で快適な家をご提供したいからです。天野保建築はこれまで家族経営で、僕がマルチタスクをこなすことで成り立ってきました。
そういう体制ですので、年間にお受けできるのは1~2棟です。天野保建築がつくる家が確立してきた一方で、せっかくお問合せいただいても、時期やタイミングが悪く泣く泣くお断りをすることが増えてきてしまったのです。法人にして社員を雇い、体制を整えることで、1棟でも2棟でも、弊社に家づくりを託したいと言ってくださるお客様のお役に立ちたいと思います。
そして法人化をしたもう1つの理由は、業界全体のイメージアップに少しでも貢献したいと考えたからです。今、建設業界では、職人のなり手がいないことが大きな問題です。本人は家づくりに興味を持っていても、その親御さんが反対して、「うちの子どもは職人にはできない」と断ってきたという話も耳にします。
それくらい、業界のイメージが悪いんです。そして、現場を見ていると、その悪いイメージを否定できない現状もあります。
僕は、このままではこの職業自体が消滅してしまうという危機感を持っています。いくら仕事があっても、それを請け負ってくれる職人がいないと、住宅業界は成り立ちません。
きちんとした雇用体系で、ご家族が安心して入社させられる労働条件の会社をつくることで、少しでも今の業界を変える一助を担いたいと考え、法人成りを決意しました。
今は僕含めて2名の会社です。来年には若い新入社員にも入ってもらえる状態をつくれるように準備しています。
ーありがとうございます。最後に、今後の展望を教えてください。
1つは、この仕事の面白さを若い人たちに伝えていくことですね。家づくりは本当に面白い仕事です。ゼロから家を作り上げていく達成感は、何事にも代えられません。「肉体労働だから稼げる」ではなく、「面白くて儲かる」仕事なんです。
この面白さを伝えていくためにも、まずは自分が実践していかなくてはいけない、とも思います。
そして、自分の子どもたちに「この家は、親父が作ったんだぞ」と自慢できるような家を一棟でも多くつくっていきたいです。空き家の問題は日本全国で取り沙汰されていますが、持て余されたり、壊したいと思われるような住宅ではなく、引き継ぎたいと思われるような家を一棟でも多く届けていきたいです。
それが、野望と言えば野望かな。
インタビューを終えて
「ただいま~」
天野さんからモデルハウスの特徴についてお話を伺っていたまさにそのとき、ご家族が帰ってこられ、インタビューは一時中断しました。モデルハウスでお客様をご案内しているときにも、こうしたことが度々起こり、時にはお客様のお子様と天野社長のお子様が一緒に遊ぶこともあるそうです。
モデルハウスとして見学に来られる方に実際に住んだ際の家族との暮らしが伝わるだろうなと、とても温かな気持ちになりました。
また、車通りや人通りが少ない地域ということもあり、天野社長のご自宅にはカーテンが一切ありません。インタビューさせていただいたお部屋の窓の向こうには、雄大な富士山の姿がくっきりと見えました。素敵な景観を暮らしに取り入れた家づくりにはとても感動しました。インタビューの中でも触れた真壁や山長材をふんだんに使った木の見せ方など、「こんな家づくりもあるんだ」と新たな発見と驚きがつまった一日になりました。
今回のインタビューでは大工さん目線でのお話をたくさんお聞かせいただいたので、現場で大工としてご活躍する天野社長にもぜひお会いしたいです。
(聴き手:高橋 みなみ)
天野保建築株式会社
富士山の麓、富士吉田で木の窓と自然素材の木を中心とした高気密・高断熱の家を作っています。
代表取締役:天野 洋平様
所在地:〒403-0032
山梨県富士吉田市上吉田6−1180−14